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周りは60代以上のいわゆるサラリーマンを辞めたとおぼしき人達ばかりなので少々気が引けたものだ。しかし自分も人生の折り返し点をとっくに過ぎ、一番身近にいた妻を3年前に亡くし余計に人生のはかなさを感じているので、「自由に働く自在に遊ぶ、人生の達人へ」というキャッチのこの雑誌に興味を覚え購読を始めた。50歳を過ぎた人には是非購読をお勧めしたいと思う・・・。
さて、この日は北里大学名誉教授であり歴史家の立川昭二氏の講演で江戸時代の“神沢杜口”という人物の生き方の話であった。私はこの先生のことは全然知らなかったのだが、語り口に自然と引き込まれ、一時間の講演があっという間に過ぎるという非常に感銘を受けるものであった。この時以来すっかり先生のファンになってしまった。
話は戻るが、この日経マスターズという月刊誌は、人生の後半をいかに充実して生きるかというテーマに絞り、日経が持つすべてのジャンルに渡る奥深い最新の情報をトレンディに第2の人生を歩もうとしている人達に提供していこうという趣旨の雑誌である。よって、定年退職前後の新たなる人生へのチャレンジを考えている人には最高の情報誌であると私は感じている。
なぜ、今、神沢杜口(かんざわとこう)なのか?
達川先生によれば、“後半生に花開いた男”であるからである。江戸中期、有名な俳人で画家の与謝蕪村の親友で文人とはいえ、蕪村とちがって、前半生は京都町奉行所の200石、年収約1,000万円の与力(治安担当の役人)だった。それも入り婿の身分だったが、40歳頃に退職し娘婿に後を譲り、44歳で妻を亡くした後、娘一家と暮らさず都会派老人として京都に住み、後半生の40数年、ライフワークとなる大著「翁草」200巻を書いた。
それも終の住処を定めず、晩年までに18回も引っ越すという転居暮らしをしたという。それは、この世が仮の世であることを忘れないためであり、モットーである「足るを知る」の生き方の一つでもあった。
しかも彼は、隠居人の通例の“田舎暮らし”ではなく、京都の“都会暮らし”を選び、いわゆるシティ派老人のオシャレな生き方をしたという。
こうした杜口の生き方を、江戸の人達の言葉で言うと「いき」な生き方といえ、高度成長時代の日本人は欲望の無限追求に走り、「足るを知る」ことを忘れ、物質的な執着心を強くし,「いき」という生き方を失ってしまった、というのである・・・・。
私はこの講演のことを友人に話すと、達川昭二氏は知る人ぞ知る有名な方であるとのことであった。
出来れば今年、是非、機会を見て東松山にお招きして講演会を開催したいと念願している。日経マスターズに万歳!である。 |