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実は自分は早稲田は受験する気もなかったので過去一度も足を踏み入れたこともなかったし、性に合わないと思っていた。やはり慶應義塾の方が好きである。しかし、事ここに至るとそうも言っていられないのでおかしな気分である・・・。まさか、懐かしき慶応を卒業して30年後に早稲田の大隈講堂でスピーチをする運命になるとは・・・? 全く人生、先のことはわからず、である。昨年、副会長という立場で登壇し様子は分かっていたので、比較的落ち着いて祝辞も述べられたので、まあ80点の出来と自分を慰めている。
大隈講堂は入って左側から欧州建築風のパティオのような通路を通り“貴賓室”と呼ばれる部屋があり、そこで白井総長の到着を学院長と共に待つことになる。その部屋には大隈重信候の写真が飾ってあり、ここで日本を動かしてきた著名な政治家や財界人、知識人らが講演をするまでの待合いの時間に当てていたのだろうと思うとずっしりと重い歴史を感じざるを得ない気持ちになるのであった。そして、入学式の開始時間に合わせて白井総長の後を歩いて壇上に出て、総長の隣に座り、薄暗い昔の映画館のような講堂を壇上から新入生と保護者を見下ろすような形となる。
真ん中の縁台は古びてどっしりとしていて大変な歴史を感じる。比較的小さい講堂の中で今まで色々な出来事があったのだろうなあ、と思いながら座っていた。総長、学院長をはじめ教職員はほとんどが早稲田の卒業生であり、校歌斉唱の時には、ひときわ高らかに“都の西北”を歌う隣の白井総長の声が脳裏に響き、その声を恐らく一生の間忘れることはないであろう。
終了後、貴賓室で父母会の広報のインタビューを受けて学生時代に合唱部に籍を置いていたという話を聞き、なるほど!と頷いた次第である。
出来ることなら、慶応の塾歌を日吉の記念館の壇上で塾長の隣で歌えたらどれほど幸せだったことだろうと思いながらも息子に感謝をしつつ、歴史ある早稲田大隈講堂の壇上でスピーチをしたことは自分史の中で特筆すべき思い出となったのである。
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